日本におけるイスラム教(ムスリム)の葬儀事情 〜増加する人口と葬儀対応の最前線〜

タブー

はじめに

近年、日本におけるイスラム教徒(ムスリム)の人口は確実に増加しています。1990年には約3,500人だったムスリム人口は、2024年には約29万人に達すると推定されており、その多くがインドネシア、マレーシア、バングラデシュなどイスラム諸国からの技能実習生や留学生です。このような背景の中、日本国内でもムスリムの葬儀の必要性が高まってきています。しかし、仏教・神道を中心に発展してきた日本の葬送文化と、イスラム教の教義には大きな違いがあり、多くの課題が浮き彫りになっています。

本記事では、イスラム教の成り立ちとその葬儀文化、日本におけるムスリム人口の増加、そして実際に葬儀を執り行ううえで葬儀社や参列者が気をつけるべき点、さらに現場で対応している葬儀社の情報までを網羅的に解説します。


第1章:イスラム教の成り立ちと葬儀の基本

イスラム教は、預言者ムハンマドが610年頃に神(アッラー)から啓示を受けたことで始まりました。聖典クルアーン(コーラン)は神の言葉とされ、信者はアッラーへの絶対的な服従を旨としています。

イスラム教には「五行」と呼ばれる実践義務があり、その中には死後の世界に対する確かな信仰も含まれています。葬儀においても教義に従う形が強く求められ、以下が基本的な流れとなります:

  • 死亡後できるだけ早く(原則24時間以内)埋葬
  • 遺体の洗浄(グスル)
  • 白い布(カファン)での包布
  • メッカ(キブラ)の方向に顔を向ける
  • ジャンナザ(葬儀の礼拝)
  • 土葬が基本(火葬は不可)

遺族は声を出して泣くことを控えるなど、感情を抑えることも美徳とされています。


第2章:日本国内のムスリム人口の増加と背景

日本国内におけるムスリム人口の推移は、以下のように増加傾向にあります。

  • 1990年:約3,500人
  • 2010年:約10万人
  • 2019年:約23万人
  • 2024年:約29万人(外国人ムスリム+改宗した日本人)

増加の背景としては:

  • 技能実習生・留学生の受け入れ拡大(インドネシア・マレーシアなど)
  • 国際結婚による改宗
  • 自発的な改宗や宗教的関心の高まり

特に関東地方では、東京都・埼玉県・神奈川県・千葉県にムスリムが集中しており、モスクの設立も進んでいます。よって、葬儀の需要も地域的に偏りが見られます。


第3章:イスラム教の葬儀と日本の制度のギャップ

イスラム教では「火葬」は基本的に教義違反であり、土葬が原則です。ところが、日本では法律上こそ土葬は禁じられていないものの、自治体や霊園の運営規定で制限されている場合が多く、実質的に困難となるケースが少なくありません。

火葬文化との摩擦

日本では約99.9%が火葬によって葬送されており、土葬に必要な環境整備(広さ・衛生面・条例適合など)がされていない場所も多くあります。そのため、土葬を希望するムスリムの遺族は、以下のいずれかを選ぶ必要があります。

  • 土葬が可能な霊園を確保する
  • 本国への遺体送還を行う
  • 止むを得ず火葬を受け入れる

中には、日本国内で火葬せざるを得なかったことに、精神的ショックを受けた遺族の声もあります。


第4章:ムスリム葬儀を支える現場の努力と私営葬儀社の実例

対応できる葬儀社は全国的にも少ないですが、以下のような私営企業がすでに実績を積んでいます。

AZUMA葬祭(東京)

  • ムスリム専用霊園への搬送
  • 本国への空輸サポート
  • 必要なイスラム式処置(グスル・カファン)の手配

芝山タクシー大阪(大阪府)

  • ムスリム葬送専用車両あり
  • 在日バングラデシュ人から高評価

中央セレモニー(東京都)

  • 多宗教に対応した柔軟なプラン
  • ムスリム葬の実績あり
  • 利用者から「手続きが丁寧」と評価

その他、宗教法人・モスクと提携する形で葬儀サポートをしている地域もあります。


第5章:葬儀社が気をつけるべき実務ポイント

  • 24時間以内の対応が前提:ムスリムの教義では死後24時間以内の埋葬が求められるため、病院での死亡確認後すぐに動き出す必要があります。搬送車両や霊園の手配が迅速に行える体制づくりが不可欠です。特に休日や夜間でも対応できる24時間体制の整備が求められています。
  • 同性による洗体処置:イスラムの教えでは、遺体の洗浄(グスル)は基本的に同性のムスリムが行う必要があります。女性遺体には女性スタッフ、男性遺体には男性スタッフの手配が必要です。葬儀社がこれに対応できるよう、協力関係のあるムスリム団体や人材のネットワークを持っておくことが理想です。
  • キブラの確認:埋葬時には、遺体の顔がメッカ(キブラ)に向くように配置する必要があります。霊園の区画が方角的に合致するかの確認や、正確なキブラ方向を示すためのコンパスや地図などの準備があると安心です。間違えた場合、宗教的に問題となることがあります。
  • 火葬前提の説明を避ける:イスラム教では原則火葬が禁止されているため、事前に「火葬でよろしいですね?」といった確認は避け、まずは遺族の宗教と意向を丁寧にヒアリングすることが重要です。土葬の可否、遺体送還の希望、地域の条例などを踏まえた選択肢を提案できる姿勢が求められます。
  • 遺族との信頼構築と説明責任:イスラム葬儀の手続きには、多くの文化的・宗教的要素が含まれます。通訳の手配やパンフレットの多言語対応、専門的知識の習得などを通じて、遺族が安心して任せられる環境を整えることも重要です。

また、スタッフ自身がイスラム文化や葬儀儀礼について、最低限の知識を持っているかどうかも大切なポイントです。たとえば、「インシャアッラー(神の御心のままに)」という言葉を耳にする機会も多くなるため、宗教的挨拶や価値観について学ぶ社内研修の実施なども考慮すべきでしょう。

第6章:参列者が気をつけるべきこと

イスラム教の葬儀に参列する際には、宗教的・文化的背景を理解し、礼儀を守ることが大切です。日本の一般的な葬儀マナーと大きく異なる点もあるため、事前に正しい知識を得ておくことで、失礼のない参列ができます。

服装

  • 黒でなくても構いませんが、地味で清潔な服装が基本です。白やグレー、ネイビーなど落ち着いた色合いが望まれます。
  • 女性は頭部をスカーフなどで覆うと、ムスリムの文化に対する敬意が伝わります。スカーフは明るすぎない色を選び、肩や胸も隠れるようなスタイルが理想です。
  • 男性もTシャツやジーンズではなく、襟付きのシャツにジャケットなど、きちんとした格好が望ましいです。

振る舞い

  • 合掌はNGです。仏教式の作法と捉えられ、イスラム教徒には適しません。
  • 手を胸の前で重ねて黙礼する、あるいは静かに目を閉じて祈るような姿勢が適切です。
  • 会場内での写真撮影や私語、スマートフォンの使用も極力控えましょう。
  • 故人に対して「冥福を祈る」といった仏教的な表現は避け、「ご冥福よりも、ご安息をお祈りいたします」「神の御許で安らかに」などが適切です。

香典

  • ムスリムの葬儀では香典の習慣がない場合が多いですが、地域のムスリムコミュニティや葬儀の形式により異なることがあります。
  • どうしても渡したい場合は、現金ではなくお花や果物、ハラール対応の食品などを用意するケースもあります。
  • 渡す際の封筒の書き方や言葉にも注意が必要です。「御霊前」ではなく、「ご供物」「祈りを込めて」などニュートラルな表現が良いでしょう。
  • 心配な場合は、事前に喪主やモスク関係者に確認を取ると安心です。

第7章:今後の展望と提言

土葬の実施環境が限られている中で、イスラム教徒の「死後の信仰」に応える体制整備が急務です。

  • 自治体が柔軟に土葬墓地の許可を検討
  • ハラール・ムスリム対応専門の葬儀社ネットワークの構築
  • 医療機関との連携強化(死亡診断書取得→埋葬許可までの時間短縮)

今後、終活(エンディングプラン)としてムスリム向けの事前準備を支援するビジネスも注目されるかもしれません。


まとめ

日本において、イスラム教徒の人口は増加しており、それに比例してムスリム葬儀のニーズも高まっています。しかし、火葬文化が主流である日本において、土葬や24時間以内の埋葬など、イスラムの教義に沿った対応は多くの課題を抱えています。

それでも、一部の葬儀社や地域、宗教法人が先進的に対応を進めており、今後の多文化共生社会においては、ムスリムの死に対する敬意をいかに具体的に形にしていくかが問われています。

私たちができることは、まず「知る」こと。そして、理解と寛容の輪を広げていくことです。

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