
1. はじめに
「エンバーミング(防腐処理)」という言葉をご存知でしょうか。日本ではまだあまり一般的ではありませんが、海外(特にアメリカやカナダ)ではポピュラーな葬儀の一環として定着しており、遺体を美しく、衛生的に保つ技術として広く認知されています。
近年、日本でも様々な理由からエンバーミングを選ぶご家族が増えてきました。しかし、費用や処置内容、リスクなど、気になる点が多いのも事実です。本記事では、エンバーミングの概要から、どんな状況で必要となるのか、メリット・デメリット、失敗例まで詳しく解説していきます。

2. エンバーミング(防腐処理)とは?
遺体を衛生的に保つ防腐処理
エンバーミング(Embalming)とは、故人の血液や体液を防腐処理液に置き換え、腐敗を遅らせる技術です。単なる「防腐」にとどまらず、事故や病気による損傷箇所の修復・メイクアップなどの「レストレーション」も含まれます。
海外では一般的な技術
アメリカやカナダなどでは、葬儀の際にエンバーミングを行うのが一般的です。日本では認定エンバーマー(防腐処理士)の資格を持った専門家が施術を担当し、専用施設で処置を行います。
3. どんな状況でエンバーミングが必要になるのか?
1) ご遺族が故人の姿を長く保ちたいと考えている場合
- 遠方の親族が集まるまでに時間がかかる
地理的な理由でご家族・親戚がすぐに駆けつけられないことは珍しくありません。数日から一週間以上かかる場合もあり、その間、遺体を衛生的に保ち、できるだけ自然な状態を維持するためにエンバーミングが選択されます。 - 葬儀の間を十分に取りたい
故人とゆっくり時間をかけてお別れしたい、宗教儀礼などで通夜や葬儀の時間を長めに設定したい、といった理由から、エンバーミングで遺体の状態を整えるケースも増えています。 - オープンカasket(開棺)のお別れを希望
故人と直接対面してお別れしたい場合、遺体の見た目や衛生面を考慮して防腐処置を行うことがあります。
2) 海外で亡くなった場合の遺体搬送
- 国際ルールや航空会社の規定
国や航空会社によっては、遺体搬送時にエンバーミングが必須となることがあります。衛生上の観点から厳格なルールが定められており、防腐処理+密封した棺でないと空輸を受け付けてもらえない場合も。 - 長距離移送による腐敗リスクの低減
飛行機での輸送中は気圧や気温の変化が生じやすく、遺体が腐敗しやすい環境になります。エンバーミングにより防腐効果を高め、衛生を保つことができるのです。
3) 事故や病気による遺体の損傷が大きい場合
- 損傷の修復(レストレーション)の必要性
交通事故や火事、進行性の病気などによって遺体の損傷が大きいケースがあります。専門のエンバーマーが修復作業を行うことで、可能な限り生前に近い状態を取り戻すことができます。 - ご遺族の心理的負担の軽減
損傷が激しい遺体と対面するのは、ご遺族にとって大きなショックです。見た目を整えることで、最期のお別れが少しでも穏やかなものになるように配慮できます。
4) 公的な事情で安置期間が延びる場合
- 司法解剖や検視の実施
死因特定のために解剖や検視が行われる場合、遺体を長期間安置しなければならないことがあります。その際にエンバーミングを行うと、腐敗リスクを抑えられます。 - 公的・諸手続きの遅れ
遺族間の話し合い、海外の親族との連絡、各種保険や相続の準備などで葬儀の開始が遅れる場合も少なくありません。エンバーミングによって遺体を保護しておくことで、状況に合わせた柔軟な日程調整が可能となります。

4. エンバーミングの具体的な流れ
- 依頼とカウンセリング
- 葬儀社や専門のエンバーミング施設に相談し、故人の状態や遺族の希望をヒアリングします。
- 遺体の搬送・洗浄
- 遺体を専用施設へ移送し、洗浄・消毒を行います。必要に応じて衣類を着替えさせます。
- 防腐処理液の注入・排出
- 動脈から防腐処理液を注入し、静脈から血液や体液を排出。内臓などがある体腔内に対しても処置を行います。
- 修復・メイクアップ(レストレーション)
- 損傷の程度に合わせて縫合やメイクなどを施し、できるだけ自然な表情・姿へ近づけます。
- 納棺・遺族への引き渡し
- 処置が終了したら棺に納め、遺族のもとへ戻します。処置時間は通常4~6時間程度ですが、状況により長引くこともあります。
5. エンバーミングのメリット・デメリット
メリット
- 遺体が衛生的に保たれる
長期安置が必要な場合や、感染症対策の面でも安心度が高まります。 - 美しい状態でのお別れができる
遺族が穏やかな気持ちで故人と対面し、見送りができる点で大きな意味があります。 - 海外搬送がスムーズになる
国際運送時の必須要件を満たし、各種手続きが円滑に進みます。
デメリット
- 費用がかさむ
一般的に20万〜50万円程度(内容や地域による差あり)で、損傷修復が多いとさらに追加費用が発生する場合があります。 - 文化的・宗教的な抵抗感
遺体に防腐処理液を注入することに抵抗を示す方や、宗教上の理由で禁止されている場合があります。 - 技術者や施設の数が限られている
日本ではエンバーミングがまだ一般的ではないため、対応可能な施設や資格を持つエンバーマーが限られています。

6. エンバーミングでの失敗例・注意点
1) 防腐処理が不十分で腐敗が進んでしまう
- 原因と対処
血管の詰まりや損傷により、防腐処理液が全身に行き渡らない場合があります。事前の遺体状態の把握や追加の処置が不可欠です。 - 事前に確認すること
エンバーマーの経験や技術力、遺体の状態を踏まえた処置計画など、納得いくまで説明を受けましょう。
2) 外見の修復が思うようにいかない
- 損傷の程度による限界
深刻な損傷の場合、どれだけ高度な技術を持ったエンバーマーでも完全には修復できないことがあります。 - 事前説明の重要性
「どこまで修復が可能か」については、専門家から詳しい説明を受け、期待値を共有しておくことが大切です。
3) 遺族との意思疎通不足によるトラブル
- 抵抗感や誤解
日本ではエンバーミングに対する理解がまだ十分でないため、「遺体を切開するの?」といった抵抗感を持つ方もいます。 - 丁寧な事前説明・同意
どのような処置を行うか、なぜ必要なのかを分かりやすく説明し、遺族が心から納得した上で進めることが重要です。
4) 技術者の経験不足
- エンバーマーの資格・実績の確認
同じ資格を持っていても、実務経験や得意分野が異なる場合があります。葬儀社や専門機関の紹介や口コミなどを参考に、信頼できるエンバーマーを選びましょう。

7. 費用相場や依頼方法
- 費用の目安
- 基本料金:20万〜50万円程度
- 修復が必要な場合:追加費用が発生する場合あり
- 依頼方法
- 多くの場合、葬儀社が提携しているエンバーミング施設や専門家を紹介してくれます。
- 保険や補助金の対象になるケースもあるため、事前に確認してみましょう。
- 事前相談の大切さ
- 費用だけでなく、処置内容・スタッフの経験・施設の設備などを比較検討しましょう。
- 宗教や文化的な理由でエンバーミングが難しい場合もあるので、家族間や関係者との十分な話し合いが必要です。
8. まとめ
エンバーミングは、故人をできるだけ美しく衛生的に保ち、より穏やかな気持ちでお別れをするための選択肢の一つです。海外で亡くなった方を搬送する場合や、損傷が大きな遺体を修復する場合など、状況によっては非常に有用な手段となります。
一方、費用面や文化的な抵抗感、また失敗例もあるため、すべての遺族にとって最適とは限りません。大切なのは、事前に正確な情報を得て、ご家族の合意のもとに進めること。そして、経験豊富なエンバーマーや信頼できる葬儀社と連携し、しっかりと説明を受けることで、後悔のないお別れを迎えられるようにしていただければと思います。
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