【体験談】葬儀社の同僚が亡くなった日と、その後

体験談・現場の話

葬儀社の同僚が亡くなった

葬儀社の同僚が亡くなった。

年齢は僕より少し上。
葬儀社歴は長く、この業界では誰もが一目置く存在だった。
社内でも、いわゆる“エース級”の人間で、社長からの信頼も厚かった。

仕事ができるだけじゃない。
人に対して誠実で、現場を大事にし、後輩の面倒もよく見る。
「この人がいれば現場は大丈夫」
そう思わせてくれる、数少ない人だった。

僕は知らされていなかったが、彼は癌だったらしい。
しかも脳の癌で、すでに転移もしており、余命は数ヶ月と告げられていたという。

長期で休みに入っていた時期があった。
体調不良なのだろうとは思っていたが、深刻な病気だとは想像していなかった。

しばらくして、久しぶりに職場に顔を出した。
「復帰したんだな」と思った矢先、また姿を見せなくなった。

そして、亡くなった。

あまりにも突然だった。

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告知しなかった理由

後から聞いた話だが、彼は自分の病状をほとんど周囲に伝えていなかったらしい。
家族にも、会社にも、詳しいことは話していなかった。

奥さんは止めていたそうだ。
「もう仕事はいい」「身体を最優先にしてほしい」と。

それでも彼は、仕事に出てきた。

理由は一つ。
まだ小さい娘の将来を思ってのことだったという。

自分が働けるうちに、少しでも会社に貢献したい。
自分の存在価値を、仕事として残したい。
そして、家族に胸を張れる父親でありたかった。

葬儀社の仕事は、決して楽な仕事じゃない。
体力も精神力も削られる。
病気を抱えた身体で続けるには、あまりにも過酷だ。

それでも彼は現場に立とうとした。


最後まで「仕事の人」だった

亡くなる直前、病院のベッドの上でも、彼は仕事の話をしていたらしい。

意識がもうろうとする中で、
「復帰したら、あの現場はこう動かして」
「次はこういう形で関われたらいい」

そんな“これから”の話をしていたという。

余命を宣告されていた人間の言葉とは思えなかった。

普通なら、怖いとか、悔しいとか、家族のこととか、
そういう話になってもおかしくない。

それでも彼の口から出てくるのは、
いつもと変わらない、仕事の話だった。

この人は、本当に仕事が好きだったんだと思う。

仕事を通して、人の人生の節目に関わることを、
心から大切にしていたんだと思う。

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家族にも、会社にも愛されていた人

彼は、家族思いだった。
そして、会社からも、仲間からも愛されていた。

だからこそ、余計に悔しい。

まだ40代。
あまりにも早すぎる。

葬儀社という仕事柄、
「人の死」には誰よりも慣れているつもりだった。

これまで数え切れないほどの葬儀に立ち会ってきた。
年齢も、死因も、状況も、さまざまだった。

それでも、身近な人の死は、まったく別物だった。

頭では理解していても、
心が追いつかない。

正直、くらった。


葬儀屋としての自覚

同時に、不思議な感覚も芽生えた。

悲しみと一緒に、
「葬儀屋として、ちゃんとやらなきゃいけない」という思いが、
以前よりもはっきりと胸に残った。

彼が大切にしていた仕事。
彼が守ろうとしていた現場。
彼が最後まで向き合おうとした“葬儀”というもの。

それを、残された僕たちが、いい加減に扱っていいわけがない。

葬儀は、仕事であると同時に、
人の人生の最終章に関わる行為だ。

知識や段取りだけじゃ足りない。
マニュアルだけじゃ届かない。

「この人なら任せられる」
そう思ってもらえる仕事を、
一つ一つ積み重ねていくしかない。

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死は、平等じゃない

彼の死を通して、改めて思った。

死は平等なんて、きれいごとだ。
早すぎる死もあるし、
まだ終わってほしくない人生もある。

それでも、
誰かの人生が終わった時、
残された人がどう受け止め、どう送るかは、
生きている側の責任だ。

彼が関わってきた数多くの葬儀。
その一つ一つに、
同じように悲しみ、戸惑い、立ち尽くす人がいた。

今度は、自分たちの番だった。


最後に

この話は、特別な美談にしたいわけじゃない。
ただ、確かにそこにいた一人の葬儀屋の生き方として、
記録しておきたかった。

仕事が好きで、
家族を愛して、
最後まで現場のことを考えていた人がいた。

そして、その背中を見ていた人間が、
何を感じ、何を引き継ごうとしているのか。

これは、僕自身のための文章でもある。

忘れないために。
流さないために。
そして、次に誰かを送るとき、
胸を張って「これが自分の仕事だ」と言えるように。


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