お葬式や火葬、霊柩車などにまつわる迷信や都市伝説は、日本全国で語り継がれてきました。現代では科学的に説明できるものもありますが、それでも根強く信じられているものも少なくありません。本記事では、それぞれの迷信の由来や背景を詳しく解説していきます。

1. 霊柩車を見たら親指を隠す
由来・理由
霊柩車を見たら「親指を隠さないと親の死を早める」と言われる迷信は、日本全国に広まっています。この迷信の由来にはいくつかの説があります。
一つは、親指が「親」を象徴すると考えられており、霊柩車(死の象徴)から親を守るために隠すというものです。これは、日本の古い呪術的な考え方と関係があるとされており、特定の行動をとることで不吉な出来事を回避するという民間信仰の一種です。
もう一つの説は、江戸時代にまで遡ります。当時の人々は、死を「穢れ」として忌避する考えを持っており、特に身内に関する穢れを避ける行動が数多く存在しました。親指を隠すことも、その一環とされ、「死を直接見つめることで、その影響を受けないようにする」という意識が背景にあると考えられます。
地方によっては「霊柩車に向かって親指を立てると厄除けになる」という逆の風習もありますが、これは「逆に死を遠ざける」という考えに基づいているとされています。
2. 夜に爪を切ると親の死に目に会えない
由来・理由
「夜爪(よづめ)」は「世詰め(よづめ)」に通じるため、寿命を縮めるとされています。この迷信は、古代日本の生活環境や安全対策、言葉遊びに由来しています。
まず、江戸時代以前の日本では、夜は照明が乏しく、特に庶民の家ではろうそくや灯明の明かりのみで生活していました。そのため、暗闇で爪を切ると誤って深爪をしたり、傷をつけたりする危険がありました。傷口から細菌が入り、化膿したり病気になったりする可能性も高かったため、「夜に爪を切るのは危険」と考えられ、これがやがて迷信として定着したとされています。
また、言葉遊びの側面もあります。「夜爪」は「世詰め」に通じ、これは「寿命が縮まる」「世を詰める(人生が短くなる)」という意味に解釈されました。このように、言葉の持つ力を信じる日本の文化が関係していると考えられます。
3. 棺の釘打ちは「この世との縁を断つ儀式」
由来・理由
棺に釘を打つ風習は、日本だけでなく世界各地の葬送文化に見られます。この儀式には、故人が現世に未練を残さずに成仏できるようにするという意味が込められています。
日本においては、死者の魂は棺の中に宿ると考えられており、釘を打つことで「この世との縁を断ち、死者が安心して旅立てるようにする」とされています。また、古くから「死者が蘇る」という考えがあり、釘を打つことで物理的に棺を閉じるだけでなく、霊的にも復活を防ぐ効果があるとされました。
さらに、江戸時代以前の葬送儀礼では、遺体の腐敗を防ぐためにしっかりと棺を閉じる必要がありました。釘を打つことで密閉性を高め、腐敗臭や病原菌の拡散を防ぐ役割もあったと考えられます。
地域によっては、遺族が釘を打つのではなく、葬儀社の人が静かに閉じることもあります。これは、現代では「故人への最後の別れ」をより静かに行うための配慮とされています。

4. 火葬の時に煙をまたぐと霊が憑く
由来・理由
火葬場で上がる煙は「故人の魂が天に昇る」と考えられてきました。そのため、その煙をまたぐ行為は、死者の魂を踏みつける行為とも解釈され、霊が取り憑くとされるようになりました。
また、火葬の際に発生する煙には「霊的な力が宿る」と考えられる地域もあり、無意識にその煙をまたぐことで霊的な影響を受けるとされました。これは、死者の魂が浄化される過程を邪魔しないようにするという意味もあります。
一方で、火葬が一般的になる前の時代には、遺体は土葬されることが多く、煙に関する迷信はあまり見られませんでした。火葬文化が広がるにつれ、このような新たな迷信が生まれたと考えられます。

5. お葬式の後、家に入る前に塩をまく
由来・理由
葬儀の後に家へ戻る際、玄関先で塩をまく習慣は、日本の伝統的な穢れ払いの儀式の一つとされています。この風習は、死が「穢れ」として捉えられたことに由来し、死者の世界から戻った人々がその影響を受けないようにするためのものです。
神道においては、「死」は不浄とされるため、神聖な空間(家庭)に穢れを持ち込まないための方法として塩が用いられてきました。また、塩は古来より「清め」の効果があるとされ、神事や祭事、相撲の土俵入りなど、さまざまな場面で使用されています。
さらに、この風習には心理的な側面もあります。葬儀の後、悲しみに沈む遺族が塩をまくことで、一区切りをつけるという意味も込められています。精神的な切り替えを促し、日常生活に戻る手助けとなる役割を果たしているのです。
近年では、宗教的な意味合いを重視しない家庭も増えており、塩をまく習慣を持たない人も多くなっていますが、特に年配の世代には今なお根強く残る風習の一つです。

6. お葬式で涙をこらえると故人が成仏できない
由来・理由
お葬式で涙を流すことについて、「涙をこらえると故人が成仏できない」という迷信があります。これは、日本の死者供養の考え方に深く根ざしています。
かつての日本では、死者の魂は遺族の思いが強すぎると成仏できず、現世にとどまりやすいと考えられていました。そのため、涙を流すことで「あなたの死を受け入れました」というメッセージを送り、故人が安心して旅立てるようにするのです。
しかし、一方で「泣きすぎると故人が心配して成仏できない」とも言われることがあります。この矛盾する考え方の背景には、故人に対する思いをバランスよく保つことが求められているという日本特有の死生観があると考えられます。
また、仏教の教えでは、涙は生者の執着を表すものとされており、極楽浄土へ旅立つためには執着を断つことが重要とされていました。そのため、涙を流しすぎることは逆に故人の旅立ちを妨げると解釈される場合もあるのです。
日本の各地域によっては「涙を流さずに明るく送るのが良い」とされる場合もあり、死者への向き合い方はさまざまな文化の影響を受けていることがわかります。
7. 葬儀の際、遺族は「喪服を完全に揃えない」
由来・理由
喪服を完璧に揃えると「また喪服を着る機会(死者)が続く」とされるため、ボタンを一つ外す、ネクタイを少し緩めるといった風習が残る地域があります。
これは「死を呼び寄せる」ことを避けるための験担ぎの一種であり、死が続かないようにするための防御策として考えられています。特に、古い家系や伝統を重んじる家では、完全な正装ではなく、あえて少し崩した服装にすることが習わしとなっていることもあります。
また、古代日本では喪に服す際に厳密なルールが存在し、全身を黒で統一することが不幸を招くと信じられていました。そのため、少しでも崩した形で喪に服すことで「完全な死の装い」にならないようにする考えが受け継がれているのです。

8. 亡くなった人の枕元に刃物を置く
由来・理由
亡くなった人の枕元に刃物(包丁やハサミ)を置く風習は、日本各地で見られます。これは、悪霊や死霊が遺体に取り憑かないようにするための魔除けとして行われてきました。
古代から、刃物には邪気を祓う力があると信じられており、特に死者の周囲には「不浄なもの」や「悪しき霊」が集まりやすいと考えられていたため、その影響を防ぐために枕元に刃物を置く習慣が生まれました。
また、死後すぐの遺体はまだ魂が完全に離れていないとされるため、悪霊が入り込むことを防ぐために刃物を置くことで守護の役割を果たすとも考えられています。
この風習は、日本だけでなくアジアの他の国々や古代ヨーロッパにも見られるものであり、世界的に「刃物は魔除けになる」という信仰が広く存在していることがわかります。

9. ペット葬を行わないと飼い主に祟る
由来・理由
日本には古くから「犬神」「猫また」といった妖怪伝承があり、特にペットをきちんと弔わないと、その霊が飼い主に祟るという迷信があります。
昔の日本では、動物も家族の一員として扱われることが多く、特に犬や猫は守り神のように考えられていました。そのため、ペットが亡くなった際に粗末に扱うと、その魂が怒って祟ると信じられていたのです。
また、ペット霊園やペット供養が現代になって普及した背景には、このような迷信や伝承が関係しているとも言われています。供養を行うことで「生前の感謝の気持ちを伝える」とされ、これが飼い主の安心にもつながるため、現在でも多くの人がペット葬を重視するようになっています。

10. 友引の日に葬式をすると「友を連れて行く」
由来・理由
「友引」という六曜の一つに基づいた迷信で、友引の日に葬儀を行うと「故人が友を連れて行く」と言われています。
もともと「友引」は「勝負がつかない日」という意味があり、死とは関係のない概念でした。しかし、後世になって「友を引く」という語呂合わせから、「この日に葬儀を行うと、親しい人が次に亡くなる」という解釈が生まれました。
このため、多くの火葬場では友引の日に休業するところが多く、葬儀を避ける風習が広まっています。しかし、仏教や神道において「友引」が死に関係する意味を持つわけではなく、あくまで迷信の一つとして扱われています。
ただし、一部の地域では「友引でも関係ない」と考える人も増えており、現代ではあまり気にしない人も多くなっています。

まとめ
日本には、死にまつわる多くの迷信や風習が存在し、それらは長い歴史の中で育まれてきました。これらの迷信の多くは、単なる迷信ではなく、死者を敬い、遺族が安心して故人を見送るための心理的な支えとなる役割を果たしています。そのため、迷信とされるものの中には、地域社会の文化や風習として現在でも大切にされているものが数多く存在します。
現代では、科学的な視点から迷信を捉え直すこともできます。例えば、「死は不浄である」という考え方は神道に由来するものですが、それが長年の習慣として根付くことで、死者を敬う意識がより強くなりました。葬儀の際の行動やしきたりの多くは、過去の人々の経験と知恵が凝縮されたものであり、単に非合理なものとして否定するのではなく、その背景を学ぶことが重要です。
また、迷信の多くは人々の不安を和らげる役割も持っています。例えば、霊柩車を見た際の行動や、お葬式の後に塩をまく習慣は、心理的な安心感を得るために続けられているとも考えられます。こうした迷信や風習を知ることによって、私たちは日本の伝統文化の奥深さを理解し、日常の中にある死生観に改めて向き合う機会を得ることができるでしょう。
迷信を信じるかどうかは個人の考え方次第ですが、それぞれの迷信が持つ意味を理解し、尊重することで、地域や家族の絆を深めることにもつながります。これらの伝統がどのように形成され、どのような意図で守られてきたのかを学ぶことは、未来へと文化を継承していくうえでも重要なことでしょう。
これもオススメ記事